放蕩息子②

2020年6月29日 更新 / 2020年7月21日 公開
放蕩息子②の写真

ルカ15:20  こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとへ向かった。ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけて、かわいそうに思い、駆け寄って彼の首を抱き、口づけした。

 放蕩息子を迎える父の姿から、神が罪人を赦したいという想いが解ります。遠くに見える息子の姿から、後悔と深い悔い改めの念を感じ取ったのでしょう。その姿を見て父は走らずにはいられませんでした。そして、息子が語る前に抱き寄せたのです。

 神にとって悔い改めた者への赦しの態度はこういうものです。早く近寄り赦します。神の裁きは遅く、赦しは圧倒的に早いのではないでしょうか。人間とは逆です。

 一方息子は走っていません。なぜでしょうか。足取りが重いのです。自分は赦されない、大きな間違いを犯したと自責の念があったのでしょう。

 私たちは何度も罪を告白し、自分の欠点を責め、大きく後悔し自分を責めなければ赦されないと思うことがないでしょうか。過去の過ちを抱え込むことさえあります。

 しかし、私たちが犯した罪で苦しむことは神のみ心ではありません。神は罪人が神に立ち返ることを待ち、悔い改める者を走っていって赦すからです。

 私たちも赦されているものとして、赦すことに早い者でありたいと思います。

Ryu_taro