Devotion
デボーションを配信中
LINE登録はこちら
会うということの写真

会うということ

“祈るときにはいつも、神のみこころによって、今度こそついに道が開かれ、何とかしてあなたがたのところに行けるようにと願っています。”
ローマ1:10
聖書 新改訳2017©︎2017新日本聖書刊行会

キリスト教はずっと、対面を大切にしてきた。

パウロは当時の最新の伝達ツール“手紙”を使って、
多くの人を励まし、交わりを持った。

きっと、彼がこの時代に生きていたら、
SNSを駆使して、多くの教会と連絡をとったと思う。

だけど、パウロは、“それでいいや”とは思わなかった。
彼は、それでも“何とかしてあなたがたのところに行きたい”
と願っていたんだ。

それは、会うことを大切にしていたから。
キリスト教はずっと“会う”を大切にしてきた。

宣教師たちは、日本への宣教を考えた時、
日本行きの船に聖書を詰めて送るだけではなかった。

彼らは、実際に命をかけて船に乗り、日本人と会うことを願ったんだ。
なぜなら、神さまが人となって会いにこられたから。

神さまは、天国から聖書を投げて、読んどいて、ではなく、
実施に会いに来られて、お願いだから信じてくれ、と懇願したんだ。

この会いにこられたイエスさまに倣って、
ボクらも会うことを軽んじないようにしよう。
(FM)