LINE登録はこちら
主の囚人
“さて、主にある囚人の私はあなたがたに勧めます。あなたがたは、召されたその召しにふさわしく歩みなさい。”
エペソ4:1
聖書 新改訳2017©︎2017新日本聖書刊行会
パウロは迫害され、囚われていた。
ローマの囚人になっていたんだ。
しかし彼は、「ローマの囚人の私」ではなく、
「主にある囚人」と自分を紹介している。
自分は確かに囚われているんだけど、人にではないんだと。
自分は主イエス・キリストに囚われているんだと。
ボクらはいつも目の前にあることばかりに目が奪われて、囚われてしまう。
そして「〇〇の囚人の私」になっていないだろうか。
ゲームの囚人?成績の囚人?友達の顔色伺いの囚人?不安の囚人?
今日、胸を叩いて告白しよう 「主にある囚人の私」と。
パウロは続けて、“召しにふさわしく歩みなさい”と、教えているんだ。
主に心を囚われたボクたちが歩むべき1日はどんな1日だろう?
目の前の状況は変わらないかもしれない。
それでも主に囚われた、あなたができることをしていこう。
(FM)