「シモン・ペテロは剣を持っていたので、それを抜いて、大祭司のしもべに切りかかり、右の耳を切り落とした。そのしもべの名はマルコスであった。イエスはペテロに言われた。「剣をさやに収めなさい。父がわたしに下さった杯を飲まずにいられるだろうか。」
ヨハネ18:10-11
イエスが捕らえられそうになると、
ペテロは持っていた剣で、大祭司の耳を切り落とした
多くの兵士がいたにも関わらず、
イエスを守ろうとしたペテロの行動は勇敢とも言えるだろう。
しかし、イエスはペテロを止められた。
なぜなら、救いは人の力によってもたらされるものではなく、
十字架によって成就するからだ。
イエスが選ばれた道は、
十字架への道であり、人の罪を背負うものなのだ。
イエスご自身が、神の怒りの盃を飲んでくださった。
私たちが悪に立ち向かうとき、
悪の力に完全に打ち勝つことができるのは、
神の力だと心に留めておこう。
イエスのように、愛に満ち、へりくだり、神に頼るなら、
神の救いを見る。
勇敢とは、人の力によって示すものではなく、
神の導きに従う歩みなのだ。
(RK)
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2021年9月21日