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義のために迫害される
“義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人たちのものだからです。”
マタイ5:10
聖書 新改訳2017©︎2017新日本聖書刊行会
誰かに何も言われたくないなら、何もしないことだ。
多くの人は、どこから矢が飛んで来るのではないか、
と恐れて行動せずに洞窟の中に縮まっている。
たとえ、目の前で悲惨な事件と、救援を呼ぶ声があったとしても。
恥をかきたくないから声にしない。
傷を負いたくないから行動しない。
そうやって何もしないことが度々ある。
何もしないので、こんな問いが生まれる。
「なんのために生きているのだろうか?」
そして、とうとう外の世界よりも、
自分の内側に目を向けるようになり、
洞窟の奥深くへとさらに入っていく。
周りの声は聞こえなくなり、自分だけの世界の誕生だ。
でも、考えてみよう。
ボクらは洞窟の奥の小さな国の王になるために生まれたのだろうか。
いや、むしろこの大きな世界の王は
イエス・キリストではなかっただろうか。
ボクらはイエスさまに従って、洞窟から出て、
何を言われても、何をされても、
イエスさまのために生きるように招かれているんだ。
(FM)