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罪から抜け出せない自分が嫌い
“私には、自分のしていることが分かりません。自分がしたいと願うことはせずに、むしろ自分が憎んでいることを行っているからです。”
ローマ7:15
本当に自分が大っ嫌いになる。
わかっているのに、何度も同じ過ちを繰り返したり、罪に溺れる。
「何やってんだよ。自分」
そんな苛立ちが、呆れた思いと共にこみ上げる。
もっと自由になれたら、もっと楽になれたら、
そんな希望に思いを馳せても、それでも変わらない現実があって、ボクらをよりいっそう苦しめる。
憧れる信仰者たちは、そんな思いから自由だったのだろうか。
決してそんなことはない。
パウロは、願った生き方があるのに踏み出せないようだ。
求めている自分がいるのにそこに到達できないようだ。
そんな彼はさらにこのように嘆く。
私は本当にみじめな人間です。だれがこの死のからだから、私を救い出してくれるのでしょうか。
ローマ7:24
諦めたくなる自分がいても、あなたを決して諦めない神さまがいることを覚えていよう。
あなたの弱さは神さまからあなたを引き離すものではなく、
むしろ、神さまが必要だということをあなたに教えてくれるのだ。
(FM)
聖書 新改訳2017©︎2017新日本聖書刊行会