“私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯しませんでしたが、すべての点において、私たちと同じように試みにあわれたのです。”
ヘブル人への手紙4:15
聖書 新改訳2017©︎2017新日本聖書刊行会
大切な友達を目の前にすると、
その人の痛みに寄り添いたいと思う。
それは本当に尊い心。
でもいざチャレンジしてみると、全然寄り添えず、
言葉が届かないことがある。
傷ついている友を前に、どうすることもできない自分がいる。
茫然と立ち尽くし、無力さを感じる。
なんでだろうかと考えると、
今まで自分の痛みから逃げていたことに気づく。
だから、いざ友の痛みに寄り添いたいと思っても、
どうしたらいいのかわからないのだ。
結局のところ、大切な友の痛みに向き合うためには、
まず自分の痛みに向き合う必要がある。
痛みの経験から生まれる言葉は、癒しのことばとなるからだ。
友の痛みに近づきたいなら、自分の痛みに向き合おう。
あなたの痛みに近づきたくて、
イエスさまだって、そうしたんだ。
(FM)